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友だちに「プレイボーイに有名な写真がイッパイ載ってるのがある」と教えられて、ついふらふらと買ってしまった。そこにインタビューが載っていた森山大道さんの回顧展は、ご近所の恵比寿ガーデンプレイスの写真美術館でやってるので観に行ってみようかと。
まずその森山さんのインタビューから一言。回顧展について訊かれて答えたのがこれ。
でも僕自身が、そんなものを回顧することはないんです。回顧してもなにもない。もう終わったというか、終わってはいないけれど、自分で回顧したってしようがない。特に写真というメディアは、僕のように街中で撮っているスナップカメラマンは、常に世の中というか、外界とクロスせざるを得ないでしょう。向こうも圧倒的に動いているわけですよね。こっちもとどまっているわけにはいかないというのがあります。回顧とかしている場合じゃないという感じですよ。
いきなり「勝手にやってろ」宣言。オヤジ、カコイイ。
同じ号に「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」という最近の映画でプロデューサー兼主演のトム・ハンクスのインタビューが載っていてこれが短いのに意外と面白かったので、ついでにメモ。
白人西洋社会は昔からあの地域を理解出来ていないんだよ。アラビアのロレンスの時代も、アレキサンダー大王の時代もそうだ。あそこに出かけて行って、思い通りに物事が進んだことなんて一度だってないんだ。
トムくん、なかなかわかってんじゃん、と思う。観に行ってみようかなぁ。無知の力は強力だ。個人が自分でもっと知りたいと思うまで、知識というものは増えないんだ。この映画が公開される時、「チャーリー・ウィルソンがいなかったらパキスタンが核を持つこともなかったし、9・11も起こらなかった」なんて記事が出るだろう.今から保証するよ。そう書く奴らは間違っているし、無知で、単純だ。アメリカのメディアは単純でわかりやすいものをパッケージにして売りたがるのさ。
って、今読んでる「多数決とジャンケン」というヤング向け(死語)の本に書いてあった。イイことゆーなー。
今、話題騒然のちゃいなさまの無体な行いも
ちゃいな:「多数決だろ!こっちは世界で4人に1人は中国人なんですけっど!13億も居るんですけっど!だからチベット独立反対!はい、それで決まり!」
って言われた時に、
ほかのひと:「いやいや、そうじゃなくて。こっちが言ってることはちゃんと話をしようよってことさ。そのためにはさ、隠さずにさ見せるところは見せて、よそのひとが見ても分かるようにして、どっちが正しいか、十分に話ししようよ。変に隠すからさ、勘繰られるんじゃん!」
ってことだ。
つまり、きっかけはラサの騒ぎがちゃんと公開されなかったこと。それが始まりだ。そしてチベットの歴史的な何がどうということより、他人に見せらんない、議論や反論を許さない、つまり落ち着いて話し合いができないちゃいなさまの異様さが浮き彫りになってるってことじゃないかな。ま、ちゃいなの中のひとも外のひともそれがわかんないからどんどん突っ走っちゃうんだろうけどね。とりあえず全世界のかなりの人数が、( ゚д゚)ポカーン としてるのはまつがいない。
タイトルにした文章は、
「民主主義では、多数決以上に大切なことがあります。それは十分に話し合うことです。」
ってヤツの引用。ホント基本中の基本をやさしく書いてあるなぁ。
この本の後半はほとんど確率の解説みたくなっててそれはそれで面白かったんだけどね。それだけ。
古川さんの例のヤツよりもこっちの方がアツくて為になる。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080423_jp_internet_death/
もういい加減に、ネットについての知識が偏っていたり、ネットについて詳しくないような議員個人と関係する各種利権を満足させる、あるいは新たな利権や天下り先を作るために法律を通そうとする行為をやめさせなくてはならない時期に来ていると考えるべきでしょう。
ということで、「ネットについての知識」ってのは、今後、政治家を選ぶ時のとても大事な物差しになると思うぞ。
でも大事なのは、「昨日もmixiしちゃいましたぁ」っていうおバカじゃなくて「表現すること」についての本質的な意味と功罪をちゃんと分かっているか?ってことで。
昔なら、街頭演説でちょっと変なこと言ったとしてもそのまま忘れられてたけど、今はそうはいかないからね。即、晒されちゃうから。
今日は、土曜日。天気もソコソコでお外にはこの陽気を楽しんでいるちびっこがイッパイ。お散歩も気持ちイイ。
なのに、明日が選挙ということで、
「○○○区のみなさま、地元出身の××△△でございます。明日の投票日に向けて最後のお願いにやって参りましたぁ!あとひといき、セイイッパイ戦っております!!」
って、うるさい。マジで。しかも、別にあんた、戦ってないから。
いわゆる、一般常識でいうと、「戦う」ってボクシングとかサッカーとか野球とかって相手が目の前に居て、
「お!なぐったな、こんにゃろ。こうしてやる〜」とか「あ、そこにくるか、じゃあこっちはこれで!」とかの相手に対して何かする、結果として相手を打ち負かす、というのが一般的な感覚なんじゃないか。
どうにも選挙というのは、最終的には票の数というもので勝った負けたが出るとはいえ、およそ一般常識的に見て戦いではないのではないか。同じ選挙区で定数以上の頭数から何人かがこぼれ落ちる。何とかそこに残りたい、というのが「選挙戦」という戦いなのであれば、
「おっ!だんな、どうしたんですか?こんなにお天気なのに。あら、タオル、持ってます?タオル。え、なんでタオルが要るんだって?いや、それはもうほら、だんな、水も滴るいいオトコってーのはだんなのためにあるコトバ。あ、お呼びでない。こりゃまた失礼いたしましたぁ!」
みたいな票もくれる相手をどれだけ持ち上げられるか?相手をどれだけ心地良くさせるか?という風に、客引きっぽくしてもらったほうがイイ。もしくは、
「みなさ〜ん、あのですね、いま、選挙カーでそこを通った□□さん。こういっちゃあなんですが、こないだまで駅前にいっつも自転車を放置してまして。ほら、証拠もここにあります。ね、そんな人にまかせられます?」
みたいに戦う相手をちゃんと特定して「戦って」欲しい。もっとマジメに言えば、どっかの広場にもで集まってキチンと「論戦」してほしい。そのほうがよっぽど投票のためにはなる。
どう見たって5歳のちびっこが「うるさ〜〜〜〜い」って言うぐらい不快なのにどうしてそれをやらないといけないのかと、ホントに問い詰めたい。そういう意味でもその時点、つまり政治家というキャリアが始まる時点で既に一般常識からは乖離している職業なんだろうなぁ。
さっきまで、10chでやってた中田英寿の引退後を追った番組をタマタマ観てた。
引退後、半年で20カ国以上グルグルと旅をしていると。で、スラム街やら地雷の除去をしている団体やら、子どもがいるところ主に回っている。彼の目的が何なのかはあまり明確にしてはくれなかった(というかナガラ観だったんでよく聞いてなかった)んだけど、こういう風に引退して即、世界に出て自分の目で色んなものを見るという経験をしたアスリートはあまり居ないんじゃないかな。(しかも、それがこういう風にメディアに載るというのも。)
普通は、「家族と一緒にいたい」とかだから。そして普通、家族が居るところは、決まっているから。
こういう経験をすると自ずから政治とか社会の仕組みとかに興味が行くんだろうと思う。是非、政治家という仕事に価値を見出してもらいたい。そして何かを変えて、何かを作って欲しい。
変えること、壊すことは意外と容易だけど、サッカーの試合のように何かを組み立てて、結果を出すことは容易じゃないから。
ま、サッカーが一つのパスで局面をドカンと打破するようなダイナミックかつカタルシスに溢れたゲームでもあるってことはこの際、置いといて。こちとら、サッカー&政治素人ですからwww。