今日は、白金にある北里病院の先にある「神応小学校」を見学。
ここも創立85周年という歴史の長い学校で、ちゃんと地元である「白金のむかしのすがた」を振り返る展示があります。むかしはススキばっかりの野原だった今の慶応幼稚舎の辺り。今は見る影も無い古川もかつては勢いがあって、水車がいくつも回っていたらしい。展示品には、過去の卒業アルバムもあった。
で、卒業アルバムを開くと、当然、最初に出てくるのは「校歌」なわけで、よっく見ると...
「作詞:サトウハチロー、作曲:渡辺浦人」と書いてある。
このお二人、Wikipediaで調べるとスゴイコンビなわけです。「ちいさい秋みつけた」の作詞家と「赤胴鈴之助」の作曲家ですよ。ま、そんなことは通っている小学生には(きっと)何の関係も無いわけで。
プールもちゃんとあって、体育館もちゃんと広いし。周りが住宅地で幹線道路が近くないので、のどかな感じ。
お隣のマンションや一軒家の洗濯物が上の階から見下ろせる。建物は古い感じだけど、窓が広くて風が吹き抜けてキモチいい。
2年生の音楽の時間にお邪魔して見せてもらったんだけど、UAが「うたううあ」で歌ってたグリングリン、実は7番まで歌詞があるってこの授業で初めて知った。とっても重い歌詞なんですね。で、それを授業で使おうとする先生もいるわけで。
で、また更にこのグリングリン(正確には、「グリーングリーン」ですね。)の歌詞が生まれた経緯をググってみると...。詞を手掛けたのは、片岡 輝(かたおか ひかる)さんです。
とある。Wikipediaの記述はこちら。「・・・全く私の作詞でして,訳詞ではないんです。・・・」
う~ん、みんな判ってるのかなぁ。まだ2年生じゃ厳しいか。せめて高学年にならないと。あとは、親もちゃんと知っててほしいなぁ。
なんか学校の話から大分脱線したので、最後はちゃんと事実関係をば。
ここは上履きってのが無い校舎になってて、みんな出たり入ったりが随分楽そう。校庭がアスファルトなので、そんなに土を持ち込まないんだろうな。どこ見ても結構、きれいに掃除されていた。設備的には3階に和室があったり、図書館にソファーがあったり、PCがずらっと20台ぐらい並んでいたりと充実してる。
音楽室も楽器が一杯あって楽しそう。こういうのを大人にも公開してくれると楽しいかも。ちなみに給食室もあって、自前で作っている。理科の実験教室も広くて使いやすそう。
一応、UAのアルバムも入れとくか。連想(検索?)ゲームってことで。
これ、うちのちびっこのドライヴィングミュージック。もう一枚は、これ。
です。うちのはまだ年中さんですけど、幼稚園を選ぶ時に、「え!みなさん、2年前から下見してたのぉ~?」ってことで今回はあと2年あるけど、下見にGo。
今日行ったのは、麻布十番からちょっと南にあるZOJIRUSHIマホービンの本社の裏にある「東町小学校」。
全校生徒数 105名で、各学年1クラス。なのでみんな「1組」www。
やっぱり場所柄、日本人じゃないらしい生徒さんがちらほら。でもちゃんと日本語喋ってる。そりゃ、そうだろな。
いじめの対応とかを校長先生に聞きたかったんだけど、出張中。残念。
ま、中身はこんなものかなぁ、そこそこキレイではあると思う、施設は。休み時間は皆一緒になって校庭で遊びまくり。ドッジボールが流行中みたい。学校そのものは創立90周年だそうで。
ただ、校舎の南側の空き地にもうすぐ地上17階建てのマンションになるらしい。そりゃ麻布十番から歩いて15分ですから。バス停もすぐ傍ですから。都会の学校の宿命ですかね。
テリー・ビッスンの短編集、「ふたりジャネット」。
カバー、というか赤坂図書館の司書のひとの努力だと思うんだけど、「ヒューゴ賞、ネビュラ賞、ローカス賞 受賞!」ってもともと帯に書かれていた宣伝文を背表紙にちっちゃく貼り付けてくれていて、それに引かれて本棚から引っぱりだした。
お疲れ様です。司書の人。やっといてよかったと思いますよ。是非、今後も続けてください。
で、読んでみるとまぁ、面白い面白い。いわゆるSFだと思って身構えるとちょっと肩透かし気味。特に最初に出てくる例の3つの賞をとった「熊が火を発見する」は、なんか微妙なタッチの文体で後から効いてくる感じ。決してSFではありません。
でも、ATMとの押し問答を対話文だけで描いた「アンを押してください」の軽妙な語り口、未来から来たおかしな二人組みと今、ここにいる二人の女性とのやり取りを書いた「未来から来たふたり組」、それに何故だかイギリスが勝手に動き出してアメリカまで航行しちゃう「英国航行中」なんかは、よくもこんなに違う文体がかけるもんだと感心しきり。
「未来...」の中で二人組が未来から表れるシーンで、
「部屋の真ん中で空気が柱みたいにキラキラと輝きはじめ、それから......。でも、『スタートレック』は見たことあるでしょ。」
って、おい。「それから...。」の後はそれか!っていうはしょり方。これだけで十分、クスって笑える。
で、一番、感心したのは、死後の世界を結構、シリアスに描いた「冥界飛行士」。それを体験するのが盲目の画家と言う設定とちょっとぎょっとする新しい展開に驚く。あ~、そうだよなぁ、そうなるよなぁ、って。結末も衝撃的。
でも、きっとこの人の本領発揮は、最後の3部作。これ、サイコーにぶっ飛んでて面白いです。重要な役を演じるのが身長1メートル86センチの中国人、別名、万能中国人「ウィルソン・ウー」と主人公のアーヴのおバカな珍道中といった風合いのある憎めない短編。
最近、笑いに飢えている人はこれだけでも読む価値はある。
このカバーとタイトルに騙されて読んでも損はしません。っていうか、このカバーは正解なのか?ということでUSのアマゾンでこの人の本を検索すると...。
orz。もう、なんか見るのがツライ。なんで、こんなカバーなのかと。イマジネーションって言葉は、無いのかと。
熊が火を発見するからって、そのまんま熊に火を持たせてどうする!
ホント、本のカバーだけは日本人で良かったと思う一瞬。
あじわい的に言うとコニー・ウィリスのこれにも似ている。コニー・ウィリスって人もヒューゴ賞の常連なのね。
1999年のヒューゴ賞受賞作。
ふらふらと銀座を歩いている。汐留のアンパンマンテラスから博品館へ寄ってそれからお昼を食べに丸ビルまで。
要は、2駅も歩いているわけで。
その途中に銀座のApple Storeの先にたどり着いてみると...。
ブルガリのお店、建ててます。で、その向かいには...。
カルティエ。で、その横には...。
シャネル。そんでもってその向かい、つまりブルガリのお隣には...。
「戦争」ってよりもお店にしてみたら、イレグイかなぁ。こういうのは集まりだすと止まらないのかもしれない。同じ並びにプラダもグッチもあります。
で、そんな銀座のプランタンの傍で見つけたのは、ここ。
入って聴いてみたかったけど、ちびっこがいるんでご遠慮。
ここのユーザーに竹中直人が居るんですね。で、免許取ったのが47歳ってのにもビックリ。
あぁ、買いましたよ、買いました。coccoのザンサイアンもくるりのベストも。でも、レジに進む途中でこれ、見つけちゃったんです。(なんかジャケットが出ないっすね。イケテナイなぁ。)
サンボマスター、ジョンに聴かせたかったなぁ。あ、ジョンってジョン・レノン、ね。「ロックの初期衝動」ってのがあるとして、それが「こんな世界は嫌いだ!」とかじゃなくて、「あなたにこっちを向いて欲しい」とか、「あなたの繋がりたい」とか、「あなたが好きだ」とかだとして、それがサンボマスターの、初期って言うか今でもずっとだと思うけど、衝動だとしたら、ジョンはきっと好きになるだろうな、サンボマスターのこと。一緒にやりたいって言ったかもね。
ちなみに大分前のQotD(まだ日本語UIになるまえのVoxね)で、自分の生年月日じゃなくて月日だけWikipediaで検索して、色んな事件とかその日生まれの有名人を調べるってのがあったんだけど、うちのちびっこは、12/8生まれ、なのでジョンの命日なんですな。なんか産まれたときは妙に「やるな、ちびっこ!」って思ってしまった。皆さん、これ、やると楽しいですよ、誕生日調べ。
http://yasuyuki.vox.com/library/post/and-on-jun-25th.html
六本木ヒルズでトランスポーターに載ってる
ロールスロイス ファントム と フォードGT。どっちも白でおされ。
なのにナンバーが付いていない。ということは...イベント(テレビ?)の小道具?(サイズからいくと大道具?)
フォードGTは、かっこいいなぁ。昔のスーパーカーそのままじゃん。
昼間は、赤坂にある ホッピービバレッジさんでお話を伺う。
強烈に「やりたいことありまくり」の3代目さんに圧倒されつつ、その後に向かった九段下でこんなお店発見。
こんなレトロチックな店だから、当然...
ありました。で、赤坂のオフィスで頂いたノベルティは、これ。
社員の名刺の裏には、ホッピーのおいしい呑み方がちゃんと書いてあります。氷を入れちゃいけないらしい。
読むのがこんなに辛いのに、ここまで具体的に力を与えてくれる本もめずらしい。何故辛いかって言うと昔、中学~高校と「イジメッコ」かつ「イジメラレッコ」だったから。どっちも器用に平行して存在するわけじゃなくて卒業~入学という区切りでそうなっただけ。
つまり、加害者であり、被害者であった。ただ、この本に出てくるほど壮絶なイジメは無かった(と思う、というかそのころいじめてた同級生の気持ちはわからないので弁解でしかないけど)。でも、だからといって罪が軽くなるわけではないし、「いじめの構造」は何も変わっていないのだなと感じる。
だから、ちょっと傾いただけで一気にそっちに走っちゃう。グループのボスが、「あいつ、最近、ウザくない?」と一言言っただけで一気にいじめ(というか暴力=犯罪)が加速する。それに同調しないと自分が危ないというのが、肌でわかるぐらいに敏感な生き物。ま、野生動物だと思うべき。
この本が、スゴイと思わせるのは、著者自身はきっとこれを実際のいじめで悩んでいる(もしくは悩むであろう)親にマニュアルとして使って欲しいという意思が非常に強く表れているところ。何故かっていうと、大事なところは全部「太字」になっているから。その部分だけでもちゃんと覚えて、子供が通う小学校とか中学校とか高校の先生と対峙して欲しい、あなたが行動して欲しいという強い強い意思がみなぎっている。
「家族力」の時にも書いた「ゼロトレーランス」に関しても全くそれが万能の回答だとは言えないにしても、次善の策であり、なによりも被害者を救う今のところ唯一、効果のある方法論だと解説しています。
この本の目的は学校からいじめを根絶していじめの加害者に償いをさせることです。(15p)いじめの実態はおそるべき犯罪であり、こうした犯罪に学校は無力だ。(34p)いじめはどうしてなくならないのでしょう。その大きな原因は、実は「人間教育の理想」そのものにあります。いまの社会は「人間教育」を信奉し、いじめ問題も人間教育で解決できると思い込んでいます。そこに根本的な誤解があるのです。(53p)いじめを受けている生徒にとって、いじめっ子の将来的な立ち直りなどどうでもよいのです。いますぐ、いじめをやめてほしい。願いはこれだけです。そのために、いじめっ子たちが退学処分を受けようが、警察に逮捕されようがそれはそれでいいのです。(68p)いったい、いじめとはなんなのでしょうか?(中略)これに対して、本書の定義は簡明です。いじめとは「犯罪」なのです。(78p)ことの本質は、いじめを教育問題と見るか、犯罪問題と見るかのちがいです。(80p)いじめに責任があるのはクラス全体でなく、あくまでも実行犯の加害生徒です。(83p)いじめ=犯罪に対しては、ためらうことなく警察力を導入し、断固たる少年司法(刑事司法)で裁く必要があります。これが本書の立場です。(87p)教育の名の下に、いまの学校はとんでもない「無法地帯」になっています。世の中の犯罪が学校の門をくぐると、とたんに犯罪でなくなってしまうのです。(90p)社会で許されない行為は学校でも許されない」(90p)