昨日の読売の夕刊から。
Twitterがどうして受けるのか?という点に関してこれを書いている柳下毅一郎さんの文章を引用。
Twitterを見ていてわかるのは、実はみなプライバシーなんでどうでもいいのだということである。プライバシーを守るより、接触を希う衝動がはるかに強いのだ。インターネットに日記サイトが蔓延し、mixiなどのSNSが流行るのも同根だろう。
あぁ、なるほどねぇ。大分前に閃いたコンシューマ向けのマーケティングのコツ、今年は「寂しがりやさんを探せ!」だったんだけど、別に探さなくてもみんな寂しがりやさんだったのね。ちなみに去年のコツは?と聞かれてもそんなものはありません。
Comments
はじめまして。
Twitterが記事になっていることに驚きました。
さびしがりやというのはわかりますが・・
はてブで最近の人気エントリーになってましたね。
隠さなきゃいけないことは、Twitterでも隠してるはず。
寂しいとかいうより、コミュニケーション欲求と発信の敷居のバランスの問題のような気がします。寂しがりとかいうのは、なんとなく上から目線だなという感じ。w
kwmrさんの上からの目線ってのがイマイチぴんとこないんですけど、プライバシーなんてものはいわゆる輸入モノなので普通の日本人からすれば、わかったようなわかんないようなモンでしょう。個人的かつ非仕事的には僕も全く理解出来ません。
ホントに隠したい部分はキレイに隠して、でもそうじゃない安全地帯をさらけだしてまで誰かと繋がりたいというのは、「友達がいなくて死にそう」でも「友達ならちゃんと言いにくいことも言えて、ケンカも出来る」というふたつのことが両立しなそーという今の奇妙に歪んだ「友達関係」というか「自分」と「友達」の間の距離感とウラオモテな関係なんじゃないかと思います。
(何言ってるんだか自分でもわかんないですけど。)
ま、「寂しがりやさん」に「さん」をつけることで多少なりとも「自分もそうなんだよね」って「同じ目線感」が伝われば良いなとは思いますけど。
なるほど。最近、確かにウェブを中心にSNSサービスが広がっていますよね。今までとは少し違う形の人間コミュニケーションというか、とにかく「これは魅力的だ」と個人的に思っています。
オフラインだと、人間のつながりがよっぼど活動的な方じゃないと、なかなか難しいんじゃないですか。オンラインの世界では、自分の生活の領域を超え、もうちょっと広い範囲で、さらにオフラインの身分とは関係なしで、人間関係を作れますから、それほどすばらしいこともないと思われますね。
最近、TwitterみたいなSNSサービスとして、結構良い評判を得ているのが「プレイトーク(www.playtalk.net)」というサイトです。これは、基本的に日本だけではなく、最初からアメリカ、イギリス、中国、韓国向けに作られているようで、しかも違う言語版のユーザも何にも問題なく、コミュニケーションすることが出来るのが本当に良い所だと自分は思います。「人間関係の作るためのネットワーク」が、同じ国の、同じ町の人に限らないというのが、とっても魅力的なサービスじゃないかと。
ふと僕は「僕のプライバシーの感覚って、ここで言われてる多くの人とずれているのかも?」と思ってしまいました(苦笑)。
TwitterやいろいろなSNS、ブログをやってみると、自分の友達集合Aに対しては公開したいけど、それとは違う友人の集合Bに対しては公開したくない愚痴・・・とかあるんですよね・・・。
だから、時々Twitterのいろいろな人のつぶやきを集計・解析したり転載しているサイトに自分の過去のつぶやきが残っていると、かなりドキっとしてしまいます。